最高裁平成20年2月29日判決
1 本件本訴請求は,被上告人の所有に係る建物を賃借した上告人が,賃貸人である被上告人に対し,賃料減額請求により減額された賃料の額の確認を求めるものである。本件反訴請求について,その一部を却下し,その余を棄却した原判決に対する不服申立てはない。
2 原審の確定した事実関係の概要は次のとおりである。
(1) 上告人,被上告人,A,B及びCは,平成3年12月24日,被上告人の所有地に,上告人が指定した仕様に基づく施設及び駐車場を建設し,レジャー,スポーツ及びリゾートを中心とした15年間の継続事業を展開することを内容とする協定を結んだ。
(2) 上告人と被上告人は,平成4年12月1日,前記(1)の協定を実施するため,被上告人が上告人に対し第1審判決別紙物件目録記載1~3の各建物 (ただし,被上告人がその所有地に工事代金4億5880万円で建築したもの。以下,これらを「本件建物」と総称し,各建物を同目録の番号により「建物1」 などという。)を賃貸する旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,被上告人は,そのころ,上告人に対し本件建物を引き渡した。本件賃 貸借契約の内容は次のとおりであり,一定期間経過後は純賃料額を一定の金額に自動的に増額する旨の賃料自動増額特約(イ(ア)記載のもの。以下「本件自動増額特約」という。)が含まれている。
ア 期間 平成4年12月1日から15年間
イ 賃料 次の(ア)の約定純賃料及び(イ)の償却賃料の合計額を月額賃料とする。
(ア) 約定純賃料(月額)
a 平成4年12月1日~平成7年11月30日 360万円
b 平成7年12月1日~平成9年11月30日 369万円
c 平成9年12月1日~平成14年11月30日 441万4500円
d 平成14年12月1日~平成19年11月30日 451万9500円
(イ) 償却賃料
a 建物2及び3に係る各該当年度の不動産取得税,固定資産税及び都市計画税 の合計額の12分の1の相当額
b 上告人が被上告人に対し無利息で預託する後記ウの建設協力金相当額
ウ 上告人は,被上告人に対し,本件建物の建設協力金として,建物1につき7500万円,建物2及び3につき3億2760万円を預託する。
被上告人は,上告人に対し,建物1の建設協力金7500万円につき,3年間据え置いた後,20%相当額を控除した金額を平成7年12月から144回に分割 して返還し,建物2及び3の建設協力金3億2760万円については,6か月間据え置いた後,平成5年6月から174回に分割して返還する。
エ 賃料の改定
消費者物価指数の変動及び経済情勢の変動が予期せざる程度に及び,本件建物の約定純賃料が著しく不相当となった場合は,上告人及び被上告人で協議の上,これを改定することができる。
(3) 本件賃貸借契約後,本件建物の所在する大阪府下の不動産市況は下降をたどり,不動産の価格も下落し続けている。
(4)ア 上告人は,平成9年6月27日ころ,被上告人に対し,同年7月1日をもって本件建物の約定純賃料を減額する旨の意思表示をした(以下「第1減額請求」という。)。
イ 上告人は,平成13年11月26日,被上告人に対し,同年12月1日をもって本件建物の約定純賃料を減額する旨の意思表示をした(以下「第2減額請求」といい,第1減額請求を併せて「本件各減額請求」という。)。
3 原審は,次のとおり判示して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
事情の変更があるときに,当事者の一方の請求により約定賃料額の増減を認めることとする借地借家法32条の法意からすれば,ここにいう事情の変更とは,増減を求められた額の賃料の授受が開始された時から請求の時までに発生したものに限定すべきことは,事の性質上,当然である。
また,本件においては,経済事情の変動等のほか,本件自動増額特約が,15年間にわたる将来の経済変動をある程度予測した上で定められたものであり,上告 人と被上告人との共同事業の中核として当事者に対する拘束性の強いものと評価されるという特別の事情を,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額の算定においてしんしゃくすべきである。
平成9年6月27日ころにされた第1減額請求については,請求時の賃料額である月額369万円の約定純賃料の授受が開始された平成7年12月1日から第1減額請求の日ころまでに発生した経済事情の変動等を考慮すべきであるが,この期間における経済事情の変動等のほか,前記特別の事情にもかんがみると,第1減額請求の時の約定純賃料額369万円が不相当になったということはできない。
また,平成13年11月26日にされた第2減額請求については,請求時の賃料額である月額441万4500円の約定純賃料の授受が開始された平成9年12月1日から第2減額請求の日までに発生した経済事情の変動等を考慮すべきところ,この期間における経済事情の変動等のほか,前記特別の事情にもかんがみると,第2減額請求の時の約定純賃料額441万4500円が不相当になったということはできない。
4 論旨は,原審は借地借家法32条の規定の解釈を誤ったというものであるので,この点について判断する。
借地借家法32条1項の規定は,強行法規であり,賃料自動改定特約によってその適用を排除することはできないものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁,最高裁平成14年(受)第689号同15年6月12日第一小法廷判決・民集57巻6号595頁参照)。そして,同項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下,この賃料を「直近合意賃料」という。)を基にして,同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか,諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,賃料自動改定特約が存在したとしても,上記判断に当たっては,同特約に拘束されることはなく,上記諸般の事情の一つとして,同特約の存在や,同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないというべきである。
したがって,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額は,本件各減額請求の直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料を基にして,同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならず,その際,本件自動増額特約の存在及びこれが定められるに至った経緯等も重要な考慮事情になるとしても,本件自動増額特約によって増額された純賃料を基にして,増額前の経済事情の変動等を考慮の対象から除外し,増額された日から減額請求の日までの間に限定して,その間の経済事情の変動等を考慮して判断することは許されないものといわなければならない。本件自動増額特約によって増額された純賃料は,本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり,自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない。
しかるに,原審は,第1減額請求については,本件自動増額特約によって平成7年12月1日に増額された純賃料を基にして,同日以降の経済事情の変動等を考慮してその当否を判断し,第2減額請求については,本件自動増額特約によって平成9年12月1日に増額された純賃料を基にして,同日以降の経済事情の変動等を考慮してその当否を判断したものであるから,原審の判断には,法令の解釈を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
5 以上によれば,上記と同旨をいう論旨は理由があり,原判決中,上告人の本訴請求に関する部分は破棄を免れない。そこで,本件各減額請求の当否等について更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
2019年01月29日